
AI 導入はなぜ進まない?現場を支援する専門家3名が見た、企業の課題と乗り越え方
多くの企業にとって、AI の 導入はもはや避けて通れないテーマです。
しかし現場では、「人手やスキルの不足」「属人化した業務構造」「文化的な抵抗」など、理想どおりに進まない現実が立ちはだかっています。
こうした課題と向き合うため、Sollective(ソレクティブ)は AI を活用して企業の業務改善を支援している3名の専門家を迎え、トークセッションを開催。ビジネスデザイナー、DX コンサルタント、AI 領域の起業家が、AI 導入のプロセスで起きがちなつまずきや成果につなげるポイントを、それぞれの実体験をもとに語り合いました。
登壇者
🗣篠澤 宏典(以下、篠澤)
大学卒業後、IT 関連企業8社で22年間にわたり経験を積む。2024年より DX コンサルタントとして独立。同時に生成 AI を活用した業務改革支援サービス「ATIX」シリーズを自ら企画・運営している。ビジネスのさまざまな場面を横断し、ツールの導入から運用まで幅広く DX を推進する。https://www.sollective.jp/freelancer/Cikusru
🗣飯野 希(以下、飯野)
新卒でキヤノン株式会社に入社し、オフィス用複合機の UX 設計を担当。2016年に株式会社ビットエーへ参画し、執行役員として『Ledge.ai』や『ourly』など複数のサービス創出や子会社化を推進。2022年に独立後は、スタートアップの外部 CxO や海外大学院での学びを通じ、クリエイティブ・テクノロジー・ビジネスを融合した知見を深化。現在は主に、中小企業の新規事業開発や生成 AI による組織変革などを推進している。https://www.sollective.jp/freelancer/nozomuiino
🗣笠原 健太(以下、笠原)
NECグループにてフルスタックエンジニアとしてアプリケーション開発に従事。シリコンバレーで Causal AI と出会い、その可能性に魅了され、自らプロダクト開発をリードして事業を立ち上げる。プロダクトオーナーとして構想から開発・運用までを担ったあと、NEC からのカーブアウトを経て株式会社 hootfolio を設立。実験による仮説検証を信条に、因果 AI による「科学的な意思決定」の社会実装を目指している。https://hootfolio.com/
多くの企業が目的不在のまま「とりあえず」AI を導入
篠澤:業務改善の支援に入っていると、生成 AI を個人では使っていても、業務に落とし込む段階で足踏みしている企業が多いと感じます。さらに最近は AI ツールが乱立し、「結局どれを使えばいいのか」という相談もよくあります。お二人は現状をどう見ていますか?
飯野:言葉は悪いですが、正直…かなり深刻な状況だと思っています。多くの企業がやりたいことがないまま、AI 導入が目的化している印象です。本来 AI は「何を実現したいか」から逆算して使うものなのに、そこが定義されていないとツール選定も業務への落とし込みも進みません。
笠原:手段と目的が逆転している企業が多い、と。まさに同じ課題を感じています。
私は自分の事業で、因果 AI(Causal AI / コーザル AI)*というサービスを提供しているのですが、現場でよく起こっているのが「とりあえずデータや素材は集めたものの、この先どう使えばいいのかわからない」ケースです。しかも、用意されたデータと解決したい課題が噛み合っていないことも。そうなると「まずは手元のデータで AI に何かさせてみる」と、単に AI を使うこと自体が目的になってしまう。だからこそ、導入前に目的を定義することが不可欠だと実感しています。
篠澤:ただ、「AI 導入の目的を定義できる人」が社内に不足している企業は本当に多いです。今ご支援している大企業でも「とにかく人がいない」と聞きますし、現場は日々の業務で手一杯。AI をどう使うか考える余裕がない現状があります。
飯野:その状況だと、既存の業務フローに AI をどう組み込むのかの設計自体難しいですよね。
笠原:実際、データ整理や仮説設計といった初期段階からの支援ニーズは増えています。
篠澤:加えて、経営側は「AI を導入すべきだ」という空気感に押されて動きがちなので、業務の実態から考える現場とどうしてもギャップが生まれやすい。そこをつなぐ役割が必要なんです。
私はその橋渡し役を、 AI を積極的に使いながら担っています。たとえば、現場の業務フローを AI に入れ、どこがボトルネックで、改善の優先順位はどこかを整理して可視化する。こうした議論のたたき台を用意するだけで、経営側と現場の会話が一気に進みます。
また、日常的に ChatGPT などを触っている人でも、「業務そのものを AI に棚卸しさせる」発想に至っていないケースは少なくない。そこに気づいてもらうことも、導入支援では重要です。
*従来の相関ベースの推論に基づくAIとは異なり、「なぜそれが起きたのか」という因果関係を理解・推論する能力を持つ次世代の人工知能技術
まずやるべきは、業務の見える化と判断軸の明確化
飯野:人材不足の話がありましたが、AI を活用して数名で売上10億円規模を実現している会社も生まれています。大企業にはセキュリティの問題もありますが、急速な進化を踏まえると「AI を軸に組織をどう動かすか」の意思決定が最重要だと感じます。
笠原:本当にそのとおりで、意思決定の遅れが結果として変化へのスピードを鈍らせているのだと思います。
開発分野ではすでに AI ドリブンの手法が広がり、コードの自動生成はもちろん、関連するドキュメントまで一気に作れる段階にきています。それでも従来の工数前提の運用を続けている人もいる。このギャップを生むのは技術差ではなく、どこまで AI 前提のやり方に踏み切れるか、意思決定の違いです。
篠澤:同感です。実際にどこから着手するかの観点では「どの業務を AI に任せ、私たちは何に注力すべきか」の整理が最初だと考えています。
ある意味「やらなくてもいい仕事」に取り組んでいる人が一定数いるのは、自分の今の役割を守りたい心理も背景にあるからかと。でも、AI のほうが高品質で短時間でできる領域が広がっているなら、その業務を手放し、次の価値創出に時間を使うべきです。やるべき仕事とそうでない仕事を切り分け、既存フローを見直す。それが着手の第一歩だと思います。
飯野:少し話が逸れるかもしれませんが、日本では営業資料のスライドを数十枚用意すると「こんなに時間をかけてくれた」と、労力へのリスペクトが評価される文化がありますよね。信頼はアウトプットの質ではなく、プロセスに宿ると。
だから AI が普及したあと、何を基準に信頼が生まれるのか。その点にすごく関心があります。
篠澤:AI に丸投げしてしまうと信頼が生まれにくい、と感じます。資料作成の目的や方向性は人間が定めたうえで AI を徹底的に活用し、最後は自分の目で責任を持って判断する。そうすれば、人の意図や思いもアウトプットに残る気がします。
笠原:そこは、過渡期ならではの違和感もあるかと。現状は AI 特有の癖が透けて「このスライド、AI で作ったでしょ」とわかってしまう。でも、数年後には心がこもっているように見えるものが自然生成されるかもしれない。今の違和感そのものが変化する可能性があります。
飯野:確かに。AI のアウトプットに対する信頼度が、1〜2年後にどう変わっているか。その変化に合わせて、私たちのマインドセットも更新が必要かもしれませんね。
現場に入り、小さく成果を示すことで活用が加速
飯野:会場から AI 導入に関するさまざな質問をいただきました。まずは、「AI を現場のオペレーションに落とし込む際にどんなアプローチをとっているか」について。
私の場合、業務を棚卸ししたあとに「まず小さく実践して成果を見せる」を意識しています。そこで成功体験が1つでも生まれると、「ほかの業務でも活用しよう」という動きにつながるからです。
笠原:あとは、トップダウンで「このプロセスには AI を使う」と明確に方針を出してもらうと導入は一気に加速しますね。
篠澤:加えて、私は現場に入って既存のオペレーションへの理解を深めることも重視しています。支援先の部署だけでなく、その前後にどんな工程がつながっているのかまで確認しないと、業務の本質や運用の背景がつかみきれないからです。
飯野:一緒に手を動かすと、現場の信頼を得られ、改善提案も受け入れられやすくなりますよね。
笠原:私も実際の利用シーンをお客さまと確認しながら、どこに AI が効くのかを探ります。これは導入の基本姿勢だと考えています。
篠澤:また、「組織内で AI への理解や温度感に差がある場合どう進めるべきか」との質問もきています。私の印象では、否定派よりも「自分ごと化できていない無関心層」が圧倒的に多い。こうした層には、先ほど飯野さんが挙げたように、言葉で説得するより AI による変化を実例で見せるほうが効果的です。
飯野:成果で示すアプローチは効きますよね。また、全員に働きかけるより、まず前向きな人に AI をインストールして、エバンジェリストを育てたほうが組織の変化は早いと感じます。
笠原:もしかすると、AI を使わない人や企業は自然淘汰されていくかもしれませんね。
篠澤:ちょうど関連する質問がきています。「企業は AI への投資をどう捉えているか」。
現状、AI への投資をリスクマネーと考えている企業は少なく、SaaS と同じ感覚で「業務改善ツールとして回収できるか」を軸に見ている印象です。ただ、どこまで成果が出るかは未知数で、KPI の設定も模索段階だと感じます。
飯野:企業のフェーズにもよりますが、特に地方の中小企業では「よくわからないけれど、使わないわけにはいかない」という空気も。ある種「お布施」のような感覚で最低限の予算を確保しているケースも多いですね。
笠原:誰でも使える AI ツールが安価で手に入る今、業務時間を30分短縮するだけでも十分に投資を回収できる。そう考えると、導入をためらう理由はないと思います。
AI が進化するほど「好き」や「こだわり」が競争優位に
篠澤:AI がブラウザに組み込まれたこともあり、この先意識せずとも AI を使う世界になっていく気がします。
飯野: そうなると、「人間が AI より優れたアウトプットを出せる」前提で考えるのは、もう現実的ではないかと。そのなかで鍵になるのが「自分は何をしたいのか」という、人としての根本的な問いだと思います。
笠原:まさに。何をしたいかを考え、判断する行為は人にしかできません。内面から湧いてくるアイデアや意思決定、対話などは技術が進むほど価値が高まっていくのかなと。
篠澤:よく「AI が進化するとコンサルは不要になる」と言われますが、私は過度に恐れる必要はないと思うんです。AI に得意な領域を任せることで、人はよりクリエイティブで楽しい仕事に集中できる。そうした環境を積極的に作るべきだと考えています。
飯野:その先を考えると、最終的には「好きなことを持っている人」が残る気がします。効率だけ見れば AI のほうが優れていても、「スライド作成が好きだから、あえて1枚1枚手作業」といった行為が逆に価値になる。テクノロジーが進むほど、人の偏愛や個性が輝くんじゃないでしょうか。
笠原:以前、トップ企業の経営者が「AI がどれだけ普及しても、人の野心だけはなくならない」と語っていましたが、まさに人の内面から湧き上がってくるもの。そうした人間らしい部分に光が当たる世の中になるなら、むしろ豊かで素敵なことだと思います。
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本イベントは、スピーカーであり Sollective 認定プロの篠澤さんが企画段階から参画。また同じく認定プロの Amonrada さんがドリンクスポンサーとして自身のプロダクトを提供するなど、ギルドメンバーの連携で実現しました。Sollective には幅広い領域の専門家が集結しているので、もし自社で気になる課題があればこちらからお気軽にご相談ください。
Writer / Shinobu Takayama
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Editor / Yuna Park
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